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東京地方裁判所 平成8年(ワ)20909号 判決

原告

東横車輛電設株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

齋藤晴太郎

関正晴

園部昭子

外一名

被告

株式会社タイトー

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

辻居幸一

飯田圭

外三名

主文

一  被告は、原告に対し、金四三一八万五三六四円及びこれに対する平成七年九月六日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告の各負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金一億円及びこれに対する平成七年一月一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  1項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、鉄道車両の車体改造、艤装工事、修繕工事等を主たる目的とする会社であり、被告は、業務用アミューズメント機器の製造、販売を主たる目的とする会社である。

2  原告と被告は、平成六年五月施行の道路交通法の改正によって、自動車教習所において運転免許取得のための教習の一環として、動く映像を用いて道路上での運転を擬似体験させる擬似運転装置である運転シミュレータ(道路交通法施行規則では、「模擬運転装置であって、当該模擬運転装置による練習効果が道路における自動車による練習効果と同等であるものとして国家公安委員会が定める基準に適合するもの」と定義されている。)の実用化が図られることを知り、同年三月ころ、共同で右運転シミュレータの開発に着手する旨合意し、同年五月一日には秘密保持契約(甲一号証)を締結するなど共同開発行為を開始した。

3  原告は、平成六年八月一二日、被告との間で、運転シミュレータの開発に関し、次のとおり、「自動車運転教習用ドライビングシミュレータ共同開発に関する協定」(甲二号証、以下「本協定」という。)を締結した。

(一) 協定の目的(一条)

原告と被告とはドライビングシミュレータの開発を提携して迅速に推進し原被告双方の販売計画に遺漏のないように努めるものとする。

(二) 開発の分担(二条)

原告の開発範囲

(1) 警察庁提示のハードウエア仕様に基づく筐体、表示装置、機械装置部分の設計試作及び量産設計

(2) モデルとする自動車の各部の特性等の調査、シミュレータ用配線図作成

(3) ワイヤーハーネスの設計

(4) ソフトウエア開発用テスト機の作成

被告の開発範囲

(1) 警察庁提示のシミュレーションソフトウエア仕様に基づく左のソフトウエアの制作

イ 基本ソフトウエア

ロ 教育用ソフトウエア(プリンタ、タッチパネル用ソフトを含む。)

ハ 教材用ソフトウエア

Ⅰ 危険予測運転用

Ⅱ 高速教習用

ニ ハに付随する模擬音響のためのサウンド信号

(2) 上記ソフトウエアを走らすためのハードウエアの制作

被告の開発範囲に関する警察庁の提示する仕様等は原告が別途被告に手交する。

原告・被告による開発結果は適時相互に開示し協議する。

(三) 開発の進行(三条)

原告及び被告はそれぞれ開発工程を相互に交換し、計画、進行等について随時協議する。

(四) 開発完了の目標(四条)

本開発による製品が販売可能になる時期は平成六年一二月末日を超えないこととする。

(五) 費用の負担(六条)

開発に要した費用はそれぞれ分担した開発分野に応じてそれぞれ自ら負担しそれぞれの製品価格に包含させるものとする。但し、被告のために原告が、原告のために被告が負担した費用については協議の上相互に請求するものとする。

4  運転シミュレータについては、三菱プレシジョン株式会社(以下「三菱プレシジョン」という。)、新明和工業株式会社(以下「新明和工業」という。)、タスクネット株式会社(以下「タスクネット」という。)は、既に開発を進行させており、中でも三菱プレシジョンは、平成二年ころ試作品を完成させ、全国の自動車教習所に対し販売を開始していた。したがって、原告と被告は、三菱プレシジョンらに遅れて開発を開始したという不利益な立場にあるため、本協定締結に当たり、次の点について合意、了解していた。

(一) 他社がさらに販売を促進し市場が狭められることを避けるため、平成六年一二月末日の開発完了期限が定められ、右期限を経過しては開発の意味をなさない。

(二) 迫真性のある画像を映し出すという他社の製品に優越する性能を有し、しかも、他社より値段の安い製品を開発する。

5  原告は、本協定に基づき、平成六年九月ころには、原告担当分野の量産設計を完了した。原告と被告は、同年一一月七日、サイドミラー及びルームミラー用に液晶テレビを使用することの良否の判定を求めるため、警察庁運転免許課の係官等の立会いを得てテストを行ったが、その結果、被告担当のソフトウエアの画像については到底商品化といえる段階には達していないことが判明した。

6  被告担当分野の開発は、大幅に遅れ、被告は、平成六年一二月二七日、原告に対し、「TT―一〇九α認可申請用ソフト遅延のお詫び」なる書状(甲七号証)において、平成七年一月一七日の有識者グループによる事前審査予定日までに開発を完了することを確約することはできないことを詫びてきた。結局、被告は、本協定の開発完了期限である平成六年一二月末日が到来しても、担当分野の開発を完成させなかった。

原告は、被告に対し、開発の完了を求めるとともに、遅滞の原因及び開発の進行状況等に関して再三再四説明を求めたが、被告は、単に開発完成が可能である旨返答し続けた。被告は、平成七年六月に至り、開発が遅滞しているのは、被告独自の開発研究能力では運転シミュレータのハードウエア(ソフトウエアを画像として表現するためのコンピューター)の開発が技術的に不可能だからであり、開発を可能にするためには、英国のヴァーチャリティー・エンターテインメント・リミテッド(以下「ヴァーチャリティー社」という。)による新ハードウエアの開発完成が必須であると返答してきた(甲二八号証、乙四五号証)。原告は、本協定締結の時点ではヴァーチャリティー社について何の説明も受けておらず、この時初めてその存在を認識した。

7  原告は、被告に対し、再三再四履行を催告してきたが、被告は、一向に担当分野の開発を完了せず、被告に開発の能力がないことが明確になったため、平成七年九月五日、本協定を解除した(甲八号証)。

8  原告は、被告との本協定に基づき、運転シミュレータの共同開発を行い、独自の開発費用を費やすなどして、次のとおり損害を被った。

(一) 開発に要した直接費用

二八四五万四一五四円

(二) 開発に要した間接費用及び附帯人件費

一六一〇万一一四七円

(三) 逸失利益

二億〇四〇〇万円

一台当たりの代金一二〇〇万円、うち利益二四〇万円(利益率二〇パーセント)のため、予定どおり、平成七年三月に警察庁の審査を受けられたとして、同年四月から平成八年八月まで原告が一か月に五台販売したとすると、逸失利益は二億〇四〇〇万円となる。

計算式 240万円×5台×17か月=2億0400万円

9  被告は、本協定一条、六条に基づく完成義務に違反し、また、本協定三条に基づく開発状況を開示し、説明協議する義務にも違反した。

また、被告が、その担当分野の開発に必要なボードの能力等の重要事項について早い時期に十分な検証をしなかったこと、また、ソフトウエアの作成、ハードウエアの制作(選定購入等)についての技術的な問題点等を原告に説明しなかったことは、契約締結に向けて交渉を開始した時から当事者に認められる信義則上の義務に違反するものである。

10  よって、原告は、被告に対し、主位的には、債務不履行に基づく損害賠償として、予備的には、契約締結上の過失に基づく損害賠償として、右損害のうち一億円及びこれに対する履行期の翌日である平成七年一月一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否反論

1  請求原因1は認める。

2  同2のうち、原告と被告が、平成六年三月ころ、共同で運転シミュレータの開発に着手する旨合意したとする点は否認し、その余は認める。

3  同3は認める。

4  同4のうち、三菱プレシジョンら三社が既に運転シミュレータの開発を進行させており、中でも三菱プレシジョンが、平成二年ころ試作品を完成させ、全国の自動車教習所に対し販売を開始していたことは認め、その余は否認する。

5  同5のうち、原告と被告が、同年一一月七日、サイドミラー及びルームミラー用に液晶テレビを使用することの良否の判定を求めるため、警察庁運転免許課の係官等の立会いを得てテストを行ったことは認め、その余は否認する。

6  同6のうち、被告担当分野の開発が遅れたこと、被告が、原告に対し、平成六年一二月二七日付け書状を送付したこと、同年一二月末日までに被告担当分野の開発が完成しなかったこと、原告が、被告に対し、開発の完了を求めるとともに、開発が遅れた原因、開発の進行状況等に関して説明を求めたこと、被告が、平成七年六月、原告に対し、当初開発に使用したヴァーチャリティー社のハードウエアが能力不足であり、今後開発を継続するにはヴァーチャリティー社の次期ハードウエアを使用するしかないとの結論が出た旨を回答したこと、及び被告が、原告に対し、本協定締結の時点で、ヴァーチャリティー社のハードウエアを開発に使用することについて説明しなかったことは認め、その余は否認する。

7  同7のうち、原告が、平成七年九月五日、被告に対し、本協定を解除する旨の意思表示をしたことは認め、その余は否認する。

8  同8、9は否認する。

9  開発とは、一般に、新しい技術ないし製品を創り出すためのものであって、本来的に、不確定な要素を多く含み、かつ、不成功に終わる可能性、すなわち、開発リスクを伴うものである。そして、共同開発とは、各当事者が開発及びその費用を分担することにより、自己の技術力の補完と開発の効率化を図るとともに、開発リスクの分散を図ることを本質的な特徴としており、共同開発契約においては、一方当事者が、その技術力を発揮して自己が分担した開発を遂行し、その費用を分担した以上、開発が不成功に終わったとしても、何ら法的責任は問題とならないのである。

本協定は、共同開発契約であり、被告は、その担当分野の開発について完成義務を負うものではない。本協定一条は、あくまで努力義務として規定されているにすぎず、本協定四条は、開発完了の目標にすぎない。また、本協定において、開発されるべき製品の仕様の詳細、価格、販売規模等は何ら規定されていない。また、被告担当分野の開発は、ドライビングシミュレータに必要な、①警察庁提示のシミュレーションソフトウエア仕様に基づくソフトウエアの制作、及び②右ソフトウエアを走らすためのハードウエアの制作であるところ、原告と被告は、本協定締結に当たり、テクスチャーマッピング技術を採用し、迫真性のある画像を映し出すという他社の製品に優越する性能を有する製品の開発を企図していた。しかし、原告と被告が企図したテクスチャーマッピングを六画面(正面三画面、左右各一場面、バック一場面)同期させて行うことは従来のドライビングシミュレータにおいては未だ実現されていなかった新しい試みであり、しかも、原告と被告は、三菱プレシジョンの先行品に対し価格上優位を保つため、ドライビングシミュレータの販売価格の目処を一〇〇〇万円と想定しており、被告担当分野の開発は、新しい技術を採用しつつ、コストを低く抑えなければならないという困難性を有していた。このように、被告担当分野の開発の完成が困難で、リスクが大きいことは客観的に明らかであり、本協定締結の時点で、原告も了解し、又は少なくとも了解し得べき立場にあったのであるから、この点からも被告はその担当分野の開発について完成義務を負うものではないと解すべきである。他方、原告担当分野の開発は、従来のドライビングシミュレータにおいて既に実現されていた技術であり、客観的に、開発の成功が容易で、高度な技術を何ら必要とするものではない。このことは、原告が負担した開発費が四二八〇万九四六九円とされているのに対し、被告が費やした費用は、八二六五万五一九三円であることからも明らかである。このことは、通常の共同開発契約において、当事者双方の提供する役務が互いに対価的関係を有することからみても異例であり、この点からも被告は原告に対して完成義務を負わないと解するのが合理的である。

10  共同開発契約と商品化・事業化契約とは、別個の契約であり、商品化・事業化契約は、開発した技術ないし製品の技術的完成度ないし市場性、商品化・事業化の時期、市場の状況等の不確定な要素が明確化ないし具体化された段階で正式に締結されるのが通常である。したがって、共同開発契約により、一方当事者が他方当事者に対し、開発されるべき技術ないし製品の商品化・事業化の不成功についてまで責任を負うべきではない。

本協定の末尾には、「当協定書は、本契約締結までの双方の申し合わせ事項とする。」と記載されているところ、ここでいう本契約とは、本製品の商品化・事業化に当たり、本製品の構造、性能、価格、納期、保守等具体的な条件につき原告と被告との間で後に合意されるべき契約を指すものであるが、本製品の商品化・事業化については、被告は、独自の判断でその可否を決定できるのであり、本製品の商品化・事業化への移行について被告は正式に合意していないのであるから、商品化・事業化により初めて実現する本製品の利益はもとより、製品価格に包含されるべき開発費用について、被告は原告に対し責任を負う根拠はないものである。

また、一般に、共同開発においては、技術的な完成度に応じて、開発製品の技術的完成度をチェックして、順次、次の段階に進むことがよく行われるが、本協定においては、一辺に量産試作品の完成まで企図し、しかも、原告と被告がそれぞれ分担した製品部分を供給し合い、販売価格の目処を一〇〇〇万円としていたため、製品のコストを調整することはそもそも困難であった。そして、本協定五条においては、原告と被告が「開発する製品価格の見積を平成六年八月までに行い相互に交換する。」と規定し、少なくとも製品価格を合意することが予定されていたところ、原告及び被告のそれぞれから提案された価格には大きな隔たりがあり、右合意は不可能な状況にあった。したがって、被告の分担した開発が、仮に技術的にみて原告の満足するものであり、成功したといえるものだとしても、商品化・事業化することは事実上不可能だったのである。

11  開発というもの自体が調査・検討等を行うことを意味するものであるから、共同開発契約締結以前において開発対象についての本格的な調査、検討を行うことは事実上不可能であり、したがって、契約締結以前にこのような調査・検討義務を課すことは相当でない。また、被告は、本協定締結前に、開発リスクについて明言し、原告はこれを了承し、そのリスクの一部を負担することを了承したものである。

12  被告は、テクスチャーマッピングを最小限に止めて、警察庁の仕様であるフレーム更新レート(毎秒二五回更新)を満たすソフトウエアを完成し、平成七年四月二八日、原告に提示した。

第三  証拠

本件記録中の証拠関係目録の記載を引用する。

理由

一  原告が、鉄道車両の車体改造、艤装工事、修繕工事等を主たる目的とする会社であり、被告が、業務用アミューズメント機器の製造、販売を主たる目的とする会社であること、原告と被告が、平成六年五月施行の道路交通法の改正によって、自動車教習所において運転免許取得のための教習の一環として、運転シミュレータの実用化が図られることを知り、平成六年五月一日に秘密保持契約を締結して共同開発行為を開始したこと、原告が、同年八月一二日、被告との間で、運転シミュレータの開発に関し、本協定を締結したこと、三菱プレシジョンら三社が既に運転シミュレータの開発を進行させており、中でも三菱プレシジョンが、平成二年ころ試作品を完成させ、全国の自動車教習所に対し販売を開始していたこと、原告と被告が、平成六年一一月七日、サイドミラー及びルームミラー用に液晶テレビを使用することの良否の判定を求めるため、警察庁運転免許課の係官等の立会を得てテストを行ったこと、被告担当分野の開発が遅れたこと、被告が、原告に対し、同年一二月二七日付けの「TT―一〇九α認可申請用ソフト遅延のお詫び」と題する書状を送付したこと、同年一二月末日までに被告担当分野の開発が完成しなかったこと、原告が、被告に対し、開発の完了を求めるとともに、開発が遅れた原因、開発の進行状況等に関して説明を求めたこと、被告が、平成七年六月、原告に対し、当初開発に使用したヴァーチャリティー社のハードウエアが能力不足であり、今後開発を継続するにはヴァーチャリティー社の次期ハードウエアを使用するしかないとの結論が出た旨を回答したこと、原告が、同年九月五日、被告に対し、本協定を解除する旨の意思表示をしたことは、当事者間に争いがない。

二 右争いのない事実と証拠(甲一ないし八号証、甲一四ないし二一号証、二四ないし三一号証、三三、三四号証、乙一、二、六ないし八号証、一二ないし一四号証、一八号証の一部、三一、三二号証、三六、三七号証、四二ないし四六号証、証人C、同Dの一部、同Eの一部)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、右認定に反する乙一八、四二、四三号証、証人D、同Eの証言は前掲各証拠に照らし、たやすく信用できないし、他に右認定を左右する証拠はない。    1 原告は、平成五年一一月頃、自動車教習所向けドライビングシミュレータの実用化に関し、三菱プレシジョンが数年前から警察庁とタイアップして開発を進め、これを使用することを盛り込んだ道路交通法の改正が平成六年五月頃に予定されていること、メーカーは三菱プレシジョンのほか新明和工業、タスクネットの三社が商戦に入っていること、自動車教習所は全国で一四七〇余りあり、製品価格は約一五〇〇万円であることなどの情報を入手した。原告は、先発メーカーがある中で参入することの困難さはあるものの、コンピュータグラフィックスの技術さえあれば、これまでの鉄道車両に関する訓練機器のノウハウを生かして高品質のものができ、ある程度販売市場に参入できると考え、コンピュータグラフィックスの技術を有する提携相手を探すこととした。

2 原告は、平成六年二月一〇日、電子関係の部品納入業者であるCPCを通じて、被告に対し、提携の可能性について打診を始め、その後、直接に、原告が入手していたドライビングシミュレータに関する情報を提供し、コンピュータグラフィックス用ハードウエアとソフトウエアの開発可能性について打診した。原告は、被告から、シミュレータ用コンピュータグラフィックス画面のサンプルができた旨の連絡を受けたため、同年三月三一日、被告の中央研究所を訪問した。被告は、先行他社に対し画像で優位を保つために、テクスチャーマッピングの使用を提案し、当時開発していたゲームソフトを用いて、シリコングラフィックス社のワークステーションのモニター画面上にテクスチャーマッピングを施した街路風景を写し出し、マウス操作で走行している自動車内から見ているかのように見せた。右画像の水準は、当時発売されていたドライビングシミュレータのコンピュータグラフィックス画面の水準より数段優れたものであった。なお、その際、被告から開発についての技術的問題点やハードウエアの仕様についての説明は特にされなかった。原告は、右画像のビデオテープの送付を受け検討した結果、同年四月五日、被告との技術提携を決定した。

3 その後、原告と被告との間で、各社の担当分野、量産化の時期、販売価格、販売台数などについて意見交換が行われ、平成六年五月一日には被告の要望により秘密保持契約書(甲一号証)が取り交わされた。同月二日、警察庁でドライビングシミュレータの型式認定に関する説明会があり、原告と被告の双方が参加し、警察庁の仕様、認定の条件、制度の内容等について資料(甲一九号証)に基づいて説明を受けた。被告は、五月一九日、右仕様に基づいて「プロフェッサーD」と題するドライビングシミュレータに関する社内資料(甲二〇号証)を作成し、原告にも送付した。また、原告は、被告の要請により、同年六月二九日、三菱プレシジョンの製品を使用している蒲田ドライビングスクールに被告を案内し、ドライビングシミュレータを見学させた。

4 被告は、当初、原告に対し、筐体、ハードウエア、ソフトウエアのすべてを被告のリスク負担で開発したい旨主張していたが、平成六年七月五日、原告の主張を受け入れ、原告との間で、被告はソフトウエア、映像用ハードウエアをそのリスク負担で開発し、ロイヤリティベースで原告に供給し、関東地区以外の地域の販売を担当する、原告は筐体、メカニズム部分をそのリスク負担で開発し、被告からソフトウエア、ハードウエアの供給を受けて製品とし、原告名義で製品の認可を受け、関東地区の販売を担当する旨合意した。なお、製品の販売価格については、三菱プレシジョンの製品の定価が一五〇〇万円、実売価格が一二〇〇万円程度という情報であったため、原告と被告は、一〇〇〇万円程度を想定した。また、販売台数については、原告は二〇〇台、被告は六〇〇台を見込んだ。

5 原告は、平成六年八月一二日、被告との間で、本協定(甲二号証)を締結した。本協定は、全七条からなる。一条は、「原告と被告とはドライビングシミュレータの開発を提携して迅速に推進し原告被告双方の販売計画に遺漏ないように努めるものとする。」と販売を前提とした協定の目的について定めている。二条は、警察庁の仕様に基づいた原被告双方の開発範囲を定めている。また、三条は、原告と被告がそれぞれ開発工程を相互に交換し、計画、進行等について随時協議することとし、開発進行中の情報交換や協議の義務を定めている。四条は、本開発による製品の販売可能時期は平成六年一二月末日を超えないこととし、五条は、原被告が開発する製品価格の見積もりを同年八月末日までに行い相互に交換することとして、製品として販売することを前提に販売可能時期、見積書交換時期について具体的に規定している。このような開発完了時期の制限を設けたのは、既に先発商品が販売されているため、これより商戦への参入が遅れることは後発メーカーとして意味をなさないからである。六条は、開発に要した費用はそれぞれ分担した開発分野に応じてそれぞれ自ら負担し、それぞれの製品価格に包含させるものと定め、七条は、製品完成後は原告名義で警察庁に認可申請することを定めている。

そして、最後に、本協定書の位置づけとして、「本協定書は、本契約締結までの双方の申し合わせ事項とする。」旨記載されている。

ちなみに、秘密保持契約書の記名者は、原被告とも代表取締役社長であるが、本協定書の記名者は、原告は専務取締役、被告は取締役生産開発本部長となっている。

6 原告は、被告に対し、平成六年一〇月四日付け文書(甲一四号証)で、ソフト開発の工程の現状と今後、先行三社と比較した場合のソフトの具体的な優位点、製品価格の見積もりの交換時期、販売計画等について問い合わせたところ、被告は、同月五日付け回答書(甲一五号証)で、テクスチャーマッピングなどソフトの優位点について回答し、開発工程については開発総合計画書(乙三二号証)を送付したものの、製品価格の見積もりや販売計画については後日回答するとした。右開発総合計画書によれば、完成時期は平成七年四月一日とされていた。

7 ところで、三菱プレシジョンの製品は六画面(前方三画面、サイドミラー左右各一画面、バックミラー一画面)、新明和工業の製品は四画面、タスクネットの製品は三画面であり、新明和工業の製品については一部テクスチャーマッピングが使用されていた(甲五号証の四)。被告は、六画面でテクスチャーマッピングを使用することを目指していたが、平成六年一一月七日にサイドミラー及びルームミラー用に液晶テレビを使用することの良否の判定を求めるため、警察庁運転免許課の係官等の立会いを得てテストを行った際には、一画面のみの画像を見せ、しかも、その画像には、人物や対向車などのキャラクターはなく、曲がり角が遠くから明瞭に見えないなどの問題があった(甲二五号証)。また、被告は、この頃から、原告に対し、六画面を同期して動かせるハードウエアを探しているという発言をするようになった。

8 原告と被告は、平成六年一一月一五日、製品価格についての打合せを行った。原告は、製品価格を最低で九八〇万円、うち被告への出し値を四〇〇万円と提示し、被告は、販売台数二〇〇台を前提にして製品価格を最低で九〇〇万円、原告への出し値を四四〇万円と提示した。なお、販売台数については、原告は、当初二〇〇台を予定していたが、同日の打合せの席では、市場調査の結果などから原告販売予定台数として五〇台売れればかなりよい旨発言した。被告も、当初六〇〇台と見込んだ販売台数を右のとおり二〇〇台に修正した(甲二六号証、乙二号証)。

9 被告は、原告に対し、平成六年一二月二六日の打合せにおいて、ソフトウエア開発の進捗が予定より約二週間遅れ、当初予定していた平成七年一月一七日の有識者グループによる事前審査に間に合うか断言できない旨発言し、翌二七日付けで「TT―一〇九α認可申請用ソフト遅延のお詫び」と題する書状(甲七号証)を原告に送付し、右事態になったことを陳謝した。

10 その後、被告は、原告との打合せの席上、平成七年三月一五日にはハードウエア上の欠陥が見つかったと発言し(甲二七号証)、同年四月二〇日にはハードウエアが当初の見通しどおりに機能せず、画面の半分以上にテクスチャーマッピングを使用するとスピードが落ちて毎秒二五フレームという警察庁の仕様を充足できないため、テクスチャーマッピングの使用を最小限度に抑えてソフトウエアで対応するか、現在のものより性能のよいイギリス製の新しいハードウエアを使用するしか方法がない旨発言した(甲一七号証、乙四四号証)。

11 被告は、平成七年四月二八日、原告に対し、テクスチャーマッピングを全面的に使用した画像とそれを最小限度に抑えた画像を示した。右画像は、警察庁仕様によるシナリオの一場面にすぎず、また、テクスチャーマッピングを全面的に使用した画像はもちろんのことそれを最小限度に抑えた画像についても毎秒二五フレームという警察庁の仕様を充足せず、ハードウエアの負担が大きくなる複雑な場面ではコマ落ちがあり一秒間に一〇フレーム程度しか更新していないなど問題点が多く、商品化できる状態ではなかった(甲三四号証)。

12 被告は、平成七年六月一二日、原告に対し、ハードウエアの選定ミスで、当初開発に使用したイギリスのヴァーチャリティー社のハードウエアが能力不足であり、毎秒二五フレームという警察庁の仕様を充足できない、今後開発を継続するにはヴァーチャリティー社の次期ハードウエアを使用するしかない、七割方ソフトウエアを作ったが、これ以上継続しても無理であるとして開発の中止を申し入れた。これに対し、原告は、新しいハードウエアの入荷を待って、使えるかどうか検討してほしい旨申し入れた(甲二八号証、乙四五号証)。被告は、原告に対し、六月二八日付け書状(甲二九号証)で、ヴァーチャリティー社に対し、警察庁の仕様を提示して回答をもらい、右仕様を満足する旨の回答を得た場合、実機で動作確認を行い決定すること、右メーカーのプロト機の完成予定は一〇月であることを連絡した。被告は、同年七月二四日、原告に対し、本件に関する担当者全員が異動したことを告げたため、原告は、被告の今後の方針及び見通しについて回答を求めたが、その後、被告からは約束した書面による回答はされなかった(甲三〇、三一号証)。原告は、同年九月五日、被告に対し、本協定を解除する旨通知した(甲八号証)。

13 原告は、製品の運転席部分の構成を実車そのままにするために、平成六年六月六日、日産プリメーラ一台を購入して(甲一二号証の二の一八)走行状態に応じて変化するステアリングハンドル、アクセル、ブレーキの抵抗特性を調査し、操縦装置部分のメカニズムの設計試作をした。また、原告は、本協定締結後の同年一〇月六日には第一次試作品を完成させた。この第一次試作品は、量産品と比較して筐体の外板が鋼板である点が異なるだけであり、同年一一月七日の警察庁係官の立会検査の際にも使用された。したがって、原告の担当分野の開発については、遅くとも同年一一月初旬には完成した。その後、原告は、量産設計をして、平成七年一月には量産モデル一号機を完成させた。

原告は、営業面においては、被告と協議の上で、平成六年九月八日、栃木県の鬼怒川温泉において開催された関東指定自動車教習所協会の大会において、原告が作成した宣伝用パンフレット、テレホンカードを配布し、あるいは協会役員と接触するなどし、一部営業活動にも着手した(右宣伝用パンフレットには、平成六年一二月発売予定と記載されている。甲五号証の一、八)。

三 本件において、本協定書に基づく「本契約」が締結されるに至らなかったことは、当事者間に争いがない。その意味では、運転シミュレータの共同開発契約は、結局のところ当事者間に成立しなかったと言える。

しかしながら、右事実によれば、原被告間には遅くとも平成六年三月三一日以降本協定が原告により解除されるまでの平成七年九月五日までの間、前叙のような交渉が行われ、右共同開発契約の締結をめざして、同年五月一日には秘密保持契約が、同年八月一二日には本協定がそれぞれ締結され、本協定書に基づき、同年九月には、同年一二月の販売を前提とした営業活動が、同年一一月一五日には販売価額の交渉が行われ、原告は、平成七年一月には、ほぼ本協定書により原告の担当とされた分野の開発を完了したこと、被告も、秘密保持契約締結の翌日である五月二日には警察庁の仕様について説明を受け、六月二九日には先発商品である三菱プレシジョンの製品を実際に見学した上で、前記のような開発完了のタイムリミットを設けた本協定書に調印したこと、本件共同開発の目的は、既に先行商品が販売されていることから、品質性能においてこれを上回り、価格はこれよりも安い商品を開発するという点で明確であり、だからこそ、被告も、品質面において優位を保つために、平成六年三月三一日の時点で、原告に対し、テクスチャーマッピングの採用を申し入れたこと、しかるに、被告は、開発完了期限である一二月二七日に至り、ソフトウエアの開発が遅れている旨を書面で詫び、平成七年四月二八日の時点においても警察庁の仕様を満足するハードウエアを開発することができず、ついには同年六月一二日、ハードウエアの選定ミスがあったことを認め、原告に対して開発の中止を申し入れたことが明らかであり、以上のような本件の事実経過にかんがみれば、被告は、原告に対し、本契約が成立するであろうという信頼を与えておきながら、結局これを裏切ったと言わざるを得ない。そうだとすると、被告は、信義則に基づき、原告が本契約の成立を信用して投下した開発費用を賠償する責任がある。

四  そこで、損害について判断する。

1  証拠(甲一一ないし一三号証、一八号証、三五、三六号証、証人C)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、運転シミュレータの開発費用として次のとおり合計四三一八万五三六四円を支出したことが認められる。

(一)  開発に要した直接費用

合計二八四五万四一五四円

(1) 材料費 一七七八万六四九四円

(2) 外注費 三五七万四二二三円

(3) 諸経費 一九七万八一九二円

(4) 労務費 五一一万五二四五円

(自工部に所属している現業員の給与総額を総労働時間で除したものに、右現業員が本件開発に従事した総労働時間を乗じたもの)

(二)  開発に要した間接費用等

合計一四七三万一二一〇円

附帯人件費(現業員の賞与、退職金引当金、福利厚生費など)及び間接費用(管理者の人件費など)であり、本件開発に関わった原告の自工部及び電子開発室のそれぞれにおける、本件開発関係の直接原価を総原価総額で除したものに、附帯人件費及び間接費用の総額を乗じたものの合計である。

2  ところで、原告は、右開発費用の外に、被告が本協定書どおり開発を完了したとすれば得られたであろう販売による利益を主張するが、本件では、結局のところ、商品の仕入値を確定することができない上、後発商品というハンディを負っていることを考慮すると、開発商品が何台販売可能であったかを相当程度の合理性をもって推測することが可能であるから、本件では右損害の賠償を認めない。

五  以上によれば、原告の請求は、主文第一項に掲げた限度で理由があるから、右の限度で認容し、その余は理由がないから棄却する。

(裁判長裁判官髙柳輝雄 裁判官足立哲 裁判官中田朋子は、産休につき署名押印できない。裁判長裁判官髙柳輝雄)

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